大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和47年(ワ)260号 判決

原告

山中松太郎

ほか一名

被告

西武運輸株式会社

主文

一  被告は、

1  原告山中松太郎に対し、金三、三二三、一三〇円及び内金三、〇二三、一三〇円に対する昭和四七年三月三一日以降、内金三〇〇、〇〇〇円に対する昭和四九年一〇月二二日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員

2  原告山中美代子に対し、金三、二五五、〇五七円及び内金二、九五五、〇五七円に対する昭和四七年三月三一日以降、内金三〇〇、〇〇〇円に対する昭和四九年一〇月二二日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの、その余を被告の各負担とする。

四  この判決の主文第一項は仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

(一)  被告は、

1 原告山中松太郎(以下、単に原告松太郎という。)に対し、金一〇、四四一、八六一円及び内金九、九八一、八六一円に対する昭和四七年三月三一日以降、内金五〇〇、〇〇〇円に対する本判決言渡しの翌日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員

2 原告山中美代子(以下、単に原告美代子という。)に対し、金一〇、一五三、五三七円及び内金九、六五三、五三七円に対する昭和四七年三月三一日以降、内金五〇〇、〇〇〇円に対する本判決言渡しの翌日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員

を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行宣言。

二  被告

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二原告らの請求原因

一  事故の発生

山中兼松(以下、単に亡兼松ともいう。)は次の交通事故によつて死亡した。

(一)  日時 昭和四五年六月二日午後九時頃

(二)  場所 明石市鳥羽六二五番地先交差点

(三)  被告車とその運転者 大型貨物自動車(岡一い六三六七号)、綱島義隆

(四)  原告車とその運転者 自動二輪車(神戸葺さ一二〇五号)、山中兼松

(五)  被害者 山中兼松

(六)  態様 右交差点を北より南へ進行した原告車と東より西へ進入した被告車とが出合頭に衝突し、原告車を運転していた山中兼松は、その場に転倒して頭蓋底骨折、硬膜下血腫等の傷害を受け、明石市大久保町森田字出口所在の田畑病院に入院して治療を続けたが、意識を回復することなく同月二四日死亡した。

(七)  権利の承継原告らは被害者の実父母であり、その相続人の全部であるから、相続により各二分の一の割合で被害者の権利を承継した。

二  責任原因

本件事故当時、被告車は、山陽高速運輸株式会社がこれを所有し、自己のために運行の用に供していたところ、昭和四五年一〇月一日同会社は山陽伊豆箱根陸運株式会社と商号変更し、次いで昭和四七年四月一〇日右会社は伊豆箱根陸運株式会社に吸収合併され、さらに昭和四八年三月一五日同会社は被告に吸収合併された結果、被告が一切の権利義務を承継した。従つて、被告は自賠法三条に従い本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

三  損害

(一)  亡兼松に生じた損害の相続

本件事故により亡兼松に生じた損害は、以下1、2のとおり合計金一七、三八五、七三〇円であるから、原告らは亡兼松の右賠償請求権につき、それぞれ二分の一に相当する金八、六九二、八六五円宛相続した。

1 療養費 金五五八、四九一円

(ア) 治療費 金五四六、七九一円

(イ) 入院雑費 金六、九〇〇円

(ウ) 交通費 金四、八〇〇円

2 逸失利益 金一六、八二七、二三九円

(ア) 給与等 金一三、五八六、九六四円

亡兼松は、事故当時満一七歳の健康な男子で、富士通株式会社に勤務し、年間給与及び賞与として金二二七、七四〇円を得ていたところ、本件事故に遭遇しなければ、なお四六年間は就労可能であり、五五歳の定年に至るまでは毎年五パーセントを下らない実質賃金上昇率によつて算出される給与等を取得し(従つて、右定年時における年間総収入は金二、七六二、九八〇円となる。)、また定年後六二歳に至る七年間は毎年少なくとも定年時の半額の収入は確保できるものと考えられるから、生活費を総収入の五〇パーセントとして、得べかりし給与等純収入総額の事故時における現価を各年毎のホフマン単式計算によつて算出すると、別紙計算書(一)のとおり、金一三、五八六、九六四円となる。

(イ) 退職金 金三、二四〇、二七五円

富士通株式会社の退職金規程によると、社員の定年退職の際に支給される退職金は、退職金本給に支給率を乗じそれに定額加算をして算出することとされ、退職金本給は月収の八〇パーセントから金一三、〇〇〇円を控除し、また三〇年勤続者にあつては支給率は三八・七〇に月収加算一〇ないし一二を加え、定額加算は金二四〇、〇〇〇円とされているので、亡兼松の場合、事故に遭遇しなければ三七年後に取得した筈の退職金の事故時における現価は、金三、二四〇、二七五円となる。

(二)  原告らに生じた損害

1 葬儀関係費 金一、〇六〇、九〇〇円

亡兼松の葬儀関係に要した費用は、以下のとおり合計金一、〇六〇、九〇〇円であるところ、原告らはその二分の一に相当する金五三〇、四五〇円宛負担した。

(ア) 葬儀一式費用 金七二七、四〇〇円

(イ) 僧侶支払 金六七、五〇〇円

(ウ) 饗応費 金四六、〇〇〇円

(エ) 供花 金四六、〇〇〇円

(オ) 死亡診断書 金一二、〇〇〇円

(カ) 納骨堂 金一五〇、〇〇〇円

(キ) 追善供養僧侶支払 金一二、〇〇〇円

2 逸失利益

(ア) 原告松太郎 金三六八、五五六円

原告松太郎は、本件事故当時株式会社木下商会に勤務し、金一二二、八五二円の月収を得ていたところ、右事故による兼松の看病、葬儀等のため昭和四五年六月三日より同年九月三日まで休職を余儀なくされたため、右三か月間で合計金三六八、五五六円の得べかりし利益を喪失した。

(イ) 原告美代子 金八〇、二二二円

原告美代子は、右事故当時喫茶店「つくし」に勤務し、金三二、〇八九円の月収を得ていたところ、原告松太郎の場合と同様の理由で同年六月三日から同年八月二〇日まで休業を余儀なくされたため、右二か月半で合計金八〇、二二二円の得べかりし利益を喪失した。

3 慰藉料

(ア) 原告松太郎 金二、五〇〇、〇〇〇円

(イ) 原告美代子 金二、五〇〇、〇〇〇円

(三)  損害の填補

原告らは、自賠責保険よりそれぞれ金二、七五〇、〇〇〇円宛受領した。

(四)  弁護士費用

原告らそれぞれにつき、金六〇〇、〇〇〇円(着手金一〇〇、〇〇〇円、成功報酬金五〇〇、〇〇〇円)

四  よつて、原告らは被告に対し、それぞれ右(一)、(二)の合計額から(三)を控除しこれに(四)を加算した金額(原告松太郎につき金一〇、四四一、八六一円、原告美代子につき金一〇、一五三、五三七円)及びこれから成功報酬金五〇〇、〇〇〇円を控除した金額(原告松太郎につき金九、九八一、八六一円、原告美代子につき金九、六五三、五三七円)に対する本件訴状送達の翌日である昭和四七年三月三一日以降、右成功報酬に対する本判決言渡しの翌日以降各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の答弁及び抗弁

一  請求原因に対する答弁

請求原因一の事実は認める。同二のうち、本件事故当時山陽高速運輸株式会社が被告車を所有し自己のために運行の用に供していたこと、被告が原告ら主張の経緯で同会社の権利義務を承継したことは認めるが、被告が自賠法三条による責任を負うとの点は争う。同三のうち、(三)の事実は認めるが、その余の事実は争う。原告ら主張の損害額は不当に多額な過大請求である。就中亡兼松の逸失利益の算定につき毎年五パーセントの昇給が確保されることの合理的根拠は乏しい。

二  抗弁

(一)  免責

本件事故は、亡兼松の赤信号無視、制限速度違反、交差点における追越し禁止義務違反、通行区分遵守義務違反等の一方的過失によつて発生したものであり、被告及び綱島には運行上の過失はなく、また被告車には構造上の欠陥又は機能の障害が存しなかつたから、被告は自賠法三条ただし書に従い免責される。すなわち、綱島は信号待ちのため現場交差点東側の横断歩道の手前で被告車を一たん停止させた後、左右の車両通行の安全と対面信号が青色に変わつたことを確認して発進し、次第に加速しながら交差点中央附近にさしかかつた際、亡兼松運転の原告車が対面赤信号にもかかわらず交差点北側の横断歩道手前に停車中の数台の車両を追越し、かつセンターラインを超えて時速約七〇キロメートルの高速で進入してくるのを認め、即時急制動をかけハンドルを左転把したが衝突を回避できなかつたものである。なお、亡兼松は事故時にヘルメツトを着用しておらず、また後部座席に友人一名を同乗させていた事情もある。

(二)  過失相殺

仮に右免責の主張が理由がないとしても、亡兼松の前記のような重大な過失は賠償額算定に当つて斟酌されるべきである。

第四抗弁に対する原告らの答弁

抗弁事実中、本件事故発生時における亡兼松の対面信号が赤色であり同人が赤色信号を無視したとの点は否認し、その余の点は争う。亡兼松の対面信号は青色であつたから、被告車を運転していた綱島こそ赤信号無視の重大な過失がある。

第五証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

本件事故当時山陽高速運輸株式会社が被告車を所有し自己のために運行の用に供していたこと、被告が原告ら主張の経緯で同会社の権利義務を承継したことは当事者間に争いがない。

ところで、被告は自賠法三条ただし書の免責の抗弁を主張するので検討する。〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場は、神戸方面より加古川方面へ通じる歩車道の区別のあるアスフアルト舗装の東西道路(国道二号線)と国鉄西明石方面より県道神戸明石線方面へ通じる同じく歩車道の区別のあるアスフアルト舗装の南北道路とが直角に交差する信号機による交通整理が行われている交差点(通称西明石駅前北交差点)で、車道幅員は、交差点を中心として東方道路が一三・一メートル、西方道路が一一・五メートル、北方道路が九・〇メートル、南方道路が一一・〇メートルであり、交差点に直近する四方に横断歩道が設けられていること、兵庫県公安委員会により附近の速度制限は五〇キロメートル毎時に規制されていること、事故当時における右交差点の信号機は、西方約二〇〇メートルにある小久保交差点の全感応式信号機を親機とする連動方式の子機であるところ、その信号表示は、南北が青色二〇秒、黄色四秒、赤色五一ないし一〇四秒、東西が青色四七ないし一〇〇秒、黄色四秒、赤色二四秒であり、いずれも正常に作動していたこと、綱島は、被告車を運転して東方より本件交差点の手前に至つたところ、対面信号機の表示が赤色に変つたので、信号待ちのため同交差点東側の車両停止線で先頭車として一時停止したが、右方にある北行対面信号機の表示が黄色に変わるのを一暼するや、自車対面信号機の表示が青色に変わらないうちに発進し次第に加速して同交差点を直進通過しようとしたこと、一方亡兼松は、原告車の後部座席に木原龍一(当時一七歳)を同乗させ五〇ないし六〇キロメートル毎時の速度で原告車を運転して北方より右交差点に至つたところ、折柄対面信号機が青色から黄色に変り南進中の普通乗用車と二、三台の他の自動二輪車が北側の車両停止線の手前で並んで相次いで停止したが、亡兼松は対面信号機が黄色を現示している間に交差点を通過しようとし、右停止車両の右側、ほぼセンターライン上をそのままの速度で走行しつつ交差点内に進入したこと、綱島は、右方から進入してくる右原告車を認め、危険を感じて既に二五キロメートル毎時位の速度が出ていた被告車の急制動の措置を講ずるとともに、ハンドルを左転把したが及ばず、交差点の中心のやや南西部、被告車の前記停止位置の前方約一七メートルの地点において、原告車の前部が被告車の右側中央サイドバンバー附近に衝突し、亡兼松が原告車もろともその場に転倒したこと、以上の各事実が認められる。この点に関して被告は、右認定に反し、原告車は対面赤信号を無視して交差点に進入したものであり、被告車発進時の対面信号の表示は青色であつたと主張する。そうして前認定のような本件交差点の黄色灯火の表示時間、原告車被告車双方の速度と衝突地点等を考慮すると、衝突した時点そのものにおいては南行対面信号が赤色、西行対面信号が青色に変わつた可能性はいちがいに否定できない。しかしながら、右時点に先立つ双方車両の交差点進入時における信号表示が被告の右主張のとおりであるとの点については、〔証拠略〕中に右主張に副う記載、供述がみられるが、これらはいずれも被告車を運転していた綱島自身の認識ないし記憶に基づくものであるところ、さきの認定に供した〔証拠略〕と対比するときはにわかに措信し難く(なお、〔証拠略〕によると、右綱島に対する本件事故にかかる業務上過失致死、同傷害被告事件について同人が対面信号機の表示が青色灯火に変わらないうちに交差点に進入した過失によつて右事故を惹起させた旨の犯罪事実を認定した有罪判決が確定していることが認められる。)、証人古米勇の証言をもつてしても右主張事実を認めるに足りず、他に前認定を覆して被告の右主張事実を肯認させるに足りる証拠はない。

そこで、右認定事実に基づいて被告の責任原因を考察すると、被告車を運転していた綱島は、対面信号機の赤色灯火の表示するところに従い停止位置を超えて進行してはならない義務があるのに、これを怠り漫然青色灯火と軽信して本件交差点に進入した過失があるものといわなければならない。従つて、被告の免責の抗弁はその余の点の判断に及ぶまでもなく理由がないことに帰するから、被告は自賠法三条本文に従い本件事故によつて被つた原告らの損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

ところで、被告はさらに、本件事故発生には亡兼松の過失が与つていることを前提に過失相殺の主張をしているので、この点について検討を加える。

本件事故発生当時の道路交通法施行令(昭和四五年政令二二七号による改正前のもの)二条一項の表の「信号の種類」「注意」の項、「信号の意味」の欄中第二号は、「車両等は、交差点にあつてはその交差点(交差点の直近に横断歩道がある場合においては、その横断歩道の外側までの道路の部分を含む。)の直前において停止しなければならず、また、交差点に入つている車両等は、その交差点の外に出なければならない。」と定めていたところ、同号所定の「交差点に入つている車両」には、交差点又は横断歩道の外側の直前において青色信号から黄色信号に変つたため、制動距離の関係で交差点内に進入してしまう車両をも含むと解される。そこで本件の場合、南行対面信号機が青色灯火から黄色灯火に変つた時点で亡兼松が直ちに停止措置を講ずれば交差点手前の停止位置で停止可能であつたか否かがまず問題となるところ、この点を証拠上確定することはできないけれども、仮りに停止可能であつたとすれば、亡兼松には直ちに停止措置を講ずべき義務に違反した過失があることは明らかであり、また、仮りに停止不可能であつたとしても、前認定のような状況下にあつては、交差する東西道路の信号が青色灯火に変る以前に交差点内の通過を完了できる状態ではなく、また亡兼松もこのことを認識できたものと推認できるから、まず急停車の措置を講じ、次いで東西道路の進行車両の進行の妨げとならない位置まで後退する等の状況に適応した動作に出るべき義務があつたものというべく、これを怠り漫然制限速度を超える高速で本件交差点の直進通過を図つた点で亡兼松の過失は免れないところである。なお、同人が事故時にヘルメツトを差用せず、また後部座席に友人一名を同乗させていた事情があるとしても、南北道路が高速自動車道路もしくは自動車専用道路とはなつていないことを考慮し(昭和四六年法律九八号による改正前の道路交通法七一条の二第一項、同法施行令二七条参照)、この点は過失相殺の事由とはしない。

以上認定の諸点を考量すると、亡兼松と綱島の過失の割合は概ね二五パーセント対七五パーセントと認め、損害額の二五パーセントを減額するのが相当である。

三  損害

(一)  亡兼松に生じた損害の相続

本件事故により亡兼松に生じた損害は、以下1ないしの4のとおり合計金一〇、八八二、六四五円であるところ、同人の前記過失を斟酌すると、被告の賠償額は、金八、一六一、九八三円(円未満切捨、以下同じ。)と認めるのが相当であるから、原告らはそれぞれその二分の一に相当する金四、〇八〇、九九一円宛の賠償請求権を相続したものというべきである。

1  治療費

〔証拠略〕によれば、亡兼松の田畑病院入院中の治療費は金五四六、七九一円であることが認められ、反対の証拠はない。

2  入院雑費

亡兼松の入院期間が二三日間であることは前示のとおりであるところ、このような入院患者の場合、雑費として一日当り金三〇〇円を下らない支出を要することは公知の事実であるから、この点の損害は金六、九〇〇円となる。

3  交通費

〔証拠略〕によると、亡兼松の入院中、その実父母である原告らが一五回程付添等のため自宅と田畑病院間を往復し、その一回の交通費として金三二〇円を要したことが認められるが、この点の支出による損害は、前示入院雑費に含ましめるのが相当であるから、賠償すべき損害項目としては肯認しない。

4  逸失利益

(1) 給与(賞与その他の特別給与を含む)

〔証拠略〕を総合すると、亡兼松は本件事故当時満一七歳の健康な男子で、昭和四三年三月中学校を卒業後同年四月夜間高校(錦城高校)に入学するとともに富士通株式会社明石工場(以下、単に富士通という。)に入社し、昼間は同会社に勤務して事故時に至つたこと、本件事故前に亡兼松に支給された給与及び賞与額は、昭和四三年分が金一八六、二〇〇円、昭和四四年分が金三四七、六九一円、昭和四五年分(ただし、右事故によつて死亡退職した同年六月二四日までの分)が金二〇四、九六五円であつたこと、事故前月の同年五月に給与が金二九、一四〇円(本給金二三、三〇〇円、付加給金一、五四〇円、暫定給金四、三〇〇円)に昇給したこと、亡兼松と同時に富士通に入社した中学卒業の従業員の給与は昭和四八年五月には金五七、一二〇円に昇給し、同年分の給与及び賞与の標準支給額は合計金八八八、五二〇円であること、富士通の就業規則等には毎年五月の定期昇給、五五歳定年等の定めがあることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実を基礎として亡兼松の逸失利益を考えるに、同人は本件事故に遭遇しなければ、なお五五歳に至るまでの間は富士通に勤務する同程度の学歴、能力を有する従業員の平均程度の賃金を、またその後六三歳に達するまでは相当額の収入を得たものと推認されるところ、その間における同人の生活費は、経験則に照らし、収入の五割を超えることはないものと考えられるから、これを控除した残金二分の一を純益として取得することができたものと認めるべきである。そうして亡兼松が存命すれば二〇歳に達した筈の昭和四八年分の得べかりし純益は、同程度の学歴、能力を有する従業員の平均賃金である前記金八八八、五二〇円の二分の一に相当する金四四四、二六〇円と認めるのが相当であるが、その前後の得べかりし純益についてはなお検討を要する。まず、事故後昭和四七年分までについては、前認定のような亡兼松の昇給実績、昇給率(なお、昭和四五年から昭和四八年までの昇給につき年間平均昇給率を求めると三二パーセントとなる。)に鑑みると、原告らの主張する金額、すなわち昭和四五年分(ただし、事故後の七月分以降の分)が金一一三、八七〇円、昭和四六年分が金二二七、一七〇円、昭和四七年分が金二三八、五二八円を下らないものと認めるのが合理的である。そこで次に問題となるのは二一歳から六三歳までの得べかりし純益である。原告らは、この点に関し、定年時の五五歳までは毎年五パーセントの昇給率をもつて昇給し、それ以降六二歳までは定年時の半額の収入を確保できることを前提とする主張をしているが、本件全証拠をもつてしてもなお、この点が客観的に相当程度の蓋然性をもつて予測できる収入額と認めるに十分とは言い難い。しかしながら、当裁判所に職務上顕著な昭和四五年度賃金構造基本統計調査報告(賃金センサス)によれば、中卒男子労働者の年間平均賃金(年間賞与その他の特別給与額を含む。)が金八二四、六〇〇円であり、これが前示亡兼松の二〇歳時における推定年間収入額に近似することを参酌すると、亡兼松は事故に遭わなければ毎年前記金四四四、二六〇円を下らない純益を得続けたものと認めるのが蓋然性があり、かつ控え目な算定として合理性があるものというべきである。以上認定説示したところに従つて亡兼松の得べかりし純益の現価を求めるに、原告らの本訴における遅延損害金請求の始期が本件訴状送達の翌日である昭和四七年三月三一日(本件記録上明らか。)であることを考慮すると、昭和四七年分(一九歳時)以降の分についてのみホフマン式計算によつて中間利息を控除するのが相当であるから、逸失利益現価は、別紙計算書(二)記載のとおり、合計金一〇、三二八、九五四円となる。

(2) 退職金

〔証拠略〕によれば、富士通には原告ら主張のような退職金規程のあることが認められるけれども、亡兼松が事故時にはまだ二年二か月の在職経験しか有さず、また定年退職予定時における原告ら主張の収入額もそのまま肯認し難いことは前認定のとおりであるから、他にその数額を合理的かつ相当程度の蓋然性をもつて算定するに足りる証拠がない本件においては、原告らのこの点の主張を採用するに由なきものというべきである。

(二)  原告ら固有の損害

1  葬儀費用

〔証拠略〕を合わせ考えると、原告らは兼松の葬儀を営み、その諸費用として原告らの主張するような支出を要し、原告らが平等にそれを負担したことが認められるところ、亡兼松の年齢、社会的地位それに前記過失を斟酌すると、本件事故と相当因果関係があり、かつ被告に負担させるのが相当な賠償額は、金二〇〇、〇〇〇円と評価できるから、原告らはそれぞれ金一〇〇、〇〇〇円宛被告に賠償請求できるものというべきである。

2  逸失利益

〔証拠略〕によると、原告松太郎は、本件事故当時株式会社木下商会に勤務し、日給月給制により一か月平均金一二二、八五二円の給与を得ていたところ、長男兼松の付添看護、葬儀のため、事故翌日の昭和四五年六月三日から同年九月三日まで欠勤し、この間(ただし、年次有給休暇の同年六月三、四日を除く。)右給与を得られなかつたこと、原告美代子は、右事故当時喫茶店「つくし」にパートタイムで勤務し、一か月平均金三二、〇八九円の給与を得ていたところ、原告松太郎と同様の理由により、事故当日以降同年八月二〇日まで欠勤し、この間右給与を得られなかつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして亡兼松が事故時から死亡時まで意識喪失のまま田畑病院に二三日間入院したことは前認定のとおりであるから、原告らが付添等のため兼松が死亡するまでの間欠勤したことはやむを得ないものと認められるが、右死亡後の欠勤については、葬儀に要する期間及びそれに関連する雑事を考慮に入れても、社会通念上必要と考えられる欠勤期間は一週間程度と認めるべきである。そうすると、原告らの欠勤中、本件事故と相当因果関係にある部分は一か月間の欠勤にとどまるというべきであるから、亡兼松の過失を斟酌すると、賠償額は、原告松太郎につき金九二、一三九円、原告美代子につき金二四、〇六六円となる。

3  慰藉料

以上認定の各事実、ことに原告らと亡兼松との身分関係(〔証拠略〕によれば、原告らの実子は右兼松のほかには長女のみであることが認められる。)、兼松の年齢、職業等を考慮し、かつ亡兼松の前記過失を斟酌すると、原告らが同人の死亡によつて被つた精神的苦痛を慰藉するには、それぞれ金一、五〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

(三)  損害の填補

原告らが自賠責保険よりそれぞれ金二、七五〇、〇〇〇円宛受領したことは当事者間で争いがないから、これを損害から控除する。

(四)  弁護士費用

そうすると、被告に賠償請求できる額は、原告松太郎が金三〇二三、一三〇円、原告美代子が金二、九五五、〇五七円となるところ、被告がその任意支払をしないため、原告らが弁護士田辺重徳に委任して本訴を提起、追行したことは本件記録上明らかであり、その際原告らが同弁護士との間で原告ら主張の報酬支払約束をしたことは、原告山中松太郎本人尋問の結果によつて認められるが、本件事案の内容、請求額、認容額に鑑みると、被告に負担させる弁護士費用は、原告らそれぞれにつき金三〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

四  むすび

以上判示のとおり、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告松太郎につき金三、三二三、一三〇円、原告美代子につき金三、二五五、〇五七円及びこれからそれぞれ弁護士費用各三〇〇、〇〇〇円を控除した金額(原告松太郎につき金三、〇二三、一三〇円、原告美代子につき金二、九五五、〇五七円)に対する本件訴状送達の翌日であること本件記録上明らかな昭和四七年三月三一日以降、右弁護士費用に対する本判決言渡しの翌日に当る昭和四九年一〇月二二日以降各完済に至るまで民法所定年五分の割合にによる遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべきであるが、その余の請求はいずれも失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原勝美)

計算書(一)

〈省略〉

計算書(二)

(1) 昭和45年分(17歳時)……………………113,870円

(2) 昭和46年分(18歳時)……………………227,170円

(3) 昭和47年分(19歳時)……………………227,078円

算式238,528円×0.952=227,078円

(4) 昭和48年分(20歳時)ないし昭和91年分(63歳時)……………9,760,836円

算式444,260円×(22.923-0.952)=9,760,836円

合計 10,328,954円

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例